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大阪地方裁判所堺支部 昭和61年(む)37号 決定

申立人 北川勇

右同 町谷春雄

右同 大工三枝子

右同 中山綾子

右同 国賀祥司

被疑者Aに対する公正証書原本不実記載、同行使、公職選挙法違反被疑事件について、佐野簡易裁判所裁判官が昭和六一年六月二日付でした、大阪府泉佐野市二九五番地の三泉佐野市役所三階泉佐野市選挙管理委員会事務局使用の三〇四号室における、同市議会議員一般選挙候補者国賀祥司名記載の投票済投票用紙に対する捜索差押許可の裁判及び司法警察員が同月三日右許可状にもとづき同室で行なった差押処分に対して、申立人ら代理人弁護士佐伯千仭外一九名から、その各取消しを求める準抗告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立てをいずれも棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立ての趣旨及び理由は、申立人ら代理人弁護士佐伯千仭外一九名作成の一九八六年七月三日付準抗告申立書記載のとおりであるが、要するに、佐野簡易裁判所裁判官のした捜索差押許可の裁判及びこれに基づき、司法警察員のした投票済投票用紙の差押は、後記選挙の投票人ないし当選人である申立人らの投票の秘密を侵害するおそれがあり、憲法一五条四項に違反する違法なものであるから、許されないのでその各取消しを求めるというのである。

二  そこで、一件記録及び証拠物によれば、以下の事実が認められる。

1  被疑者Aに対する被疑事実の要旨は、被疑者Aは、外三七名と共謀のうえ、昭和六一年五月一八日施行の泉佐野市議会議員一般選挙に際し、虚偽の住民異動届を提出し、当該選挙人名簿に登録させて詐偽投票をすることを企て、同年二月八日及び同月一〇日、泉佐野市役所において、真実は居住していない同市元町七番一二号日之出荘などを住所として住民異動届をして、各係員をして公正証書である住民基本台帳にその旨不実の記載をさせ、即時同所にこれを備えつけさせて行使するとともに、右選挙に際し、選挙人名簿に登録させて詐偽登録をなしたうえ、右Aら三五名が、同年五月一八日、同市湊三丁目二番二〇号湊町会館第六投票所外二か所において、資格を偽って投票し、あるいは不在者投票し、もって詐偽投票をしたというものである。右被疑者A外三七名中には、本件準抗告の申立人らは含まれていない。

2  泉佐野市選挙管理委員会は、同年五月一一日、同市議会議員一般選挙を告示し、定数二八名に対して三二名が立候補し、同月一八日投票が行なわれ、有権者総数六万四、六四七名のうち四万九、九八四名が投票して、当選者二八名が決定した。当選者の党派別は、公明党五名、日本共産党五名、民社党二名、日本社会党一名、自由民主党一名、無所属一四名であり、最高得票者は、松浪啓一(無所属)二、八六四票最下位当選者は、浜崎忠親(無所属)一、一三二票、次点は岡野秋喜(無所属)一、〇一七票であって、前記被疑事件で投票済投票用紙を差押えられた国賀祥司は、一、一五八票を得て、二七位で当選した。同人は、大阪府泉佐野市沖に建設が計画されている関西新国際空港に反対する立場から、右市議会議員選挙に立候補したものである。

3  警察は、関西新国際空港建設に反対する一派がその運動の一環として、右泉佐野市議会議員選挙に自派の活動家を立候補させ、その当選を図るために、自派構成員の住民票を同市内に移し、詐偽投票を行なうおそれがあるのではないかと考えて警戒していたところ、同市元町七番一二号日之出荘ほか二か所を住所として五五名の住民異動届がなされたこと及び右日之出荘などの教室について賃貸借契約がなされたものの、現実に引越した形跡がないまま、約一か月後には右賃貸借がいずれも解約されていることなどから、真実は居住していない住所を転入先として住民異動届がなされたという公正証書原本不実記載、同行使の疑いを抱くに至った。

4  前記五五名のうち、三八名は、引き続き三か月以上住民基本台帳に記録されている者という公職選挙法二一条一項に規定する要件を満たすこととなったため、前記市議会議員選挙において選挙権のある者として選挙人名簿に登載されたが、その後、うち一名の者が泉佐野市から転出したため、同名簿から抹消され、選挙権を有するのは三七名となった。

5  警察は、右三七名の者が詐偽投票を行なうおそれがあると判断し、投票当日その投票事実の確認を実施した結果、本件被疑者であるA外一一名については投票行為自体の現認が得られたほか、八名の者について、投票行為までは確認できなかったものの、投票所へ入場した事実を現認した。

6  また、警察は、右三七名の投票の有無を調べるため、同月一九日、捜索差押許可状を得て、同月二一日、前記選挙の投票所入場券三二枚及び投票用紙を交付する際に係員が対照用に使用した永久選挙人名簿抄本を差押え、さらに、順次、各投票所係員の取調べ、不在者投票の記録の調査などの捜査を行なった。その結果、右投票所入場券などの選挙事務関係資料のうえでは、選挙人名簿に登録された右三七名のうち、二人は投票しなかったものの、三名が不在者投票をし、三二名が投票当日に投票したことが判明した。

7  警察は、以上のような経過から、本件の詐偽投票は、前記国賀祥司候補を当選させるために、組織的に実行されたものであり、被疑者Aら三五名は同候補に投票した蓋然性が高いと判断し、右三五名の投票の事実を裏付けるため、同候補に対する投票済投票用紙から指紋を検出し、右被疑者らの指紋と照合しようとして、泉佐野市選挙管理委員会に対し、本件投票済投票用紙の任意提出を求めたが、同委員会からこれを拒否された。そこで、泉佐野警察署司法警察員は、Aに対する前記被疑事実について、大阪附泉佐野市二九五番地の三泉佐野市役所三階泉佐野市選挙管理委員会事務局使用の三〇四号室において、同候補に対する投票済投票用紙一、一五八枚を差押えるため、昭和六一年六月二日、佐野簡易裁判所裁判官に対しその捜索差押許可状の発付を請求し、同日、同裁判官からその旨の許可状の発付を受け、同月三日、右三〇四号室において捜索を行ない、昭和六一年五月一八日施行の大阪府泉佐野市議会議員一般選挙の国賀祥司候補に対する投票済投票用紙一包(同日執行泉佐野市議会議員一般選挙投票、国賀などと記載、無所属こくがよしじと記載の茶色包み紙に入ったもの一、一五八枚入り、以下本件投票済投票用紙という。)を差押えた。

8  差押えられた本件投票済投票用紙のうち二二六枚について対照可能な指紋が検出されたため、警察は、この二二六枚について、選挙事務関係資料上投票したと認められる被疑者Aら三五名のうち前科を有しあるいはこれまで警察で取調べを受けたことがある関係で警察で指紋を保有している二六名及び前記公正証書原本不実記載、同行使、詐偽登録の関連被疑者一名の各指紋との対照を大阪府警察本部刑事部鑑識課に依頼したところ、二六名のうち五名の者について、指紋が一致した。

三  申立人国賀祥司は前記選挙の当選者ないし投票人の立場において、その余の申立人らは同選挙の投票人の立場において自らの投票の秘密の保護を求める権利に基づき、本件投票済投票用紙の押収許可の裁判又は差押処分に対し準抗告を申し立てることができる旨主張している。

四  以上の二及び三で認定した経過から明らかなように、本件投票済投票用紙に対する差押は、憲法一五条四項に違反するものでとうていこれを容認することができないものであることは当庁昭和六一年(む)第三六号被疑者Aについての準抗告申立事件につき当裁判所のなした同年一〇月二〇日決定において説示したとおりである。

しかしながら、申立人らは、前記選挙の当選人ないし投票人としての地位で、自らの投票の秘密の保護を求める権利に基づき右差押許可の裁判及びこれに基づく差押の取消しを求めているのであって、前記選挙の規模、形態、投票の結果、本件投票済投票用紙がその一部であることからみると、申立人らが当選人ないし投票人であるからといって本件投票済投票用紙の差押により申立人らの投票の秘密を侵されたとか侵されるおそれがあるものとは直ちにいえないところであり、たとえ申立人らにおいて右差押許可の裁判及びこれに基づく差押に不服があるとしても、刑訴法四二九条、四三〇条にいう不服がある者に当るものではないというべきである。

五  よって、本件準抗告の申立ては不適法であるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小河巌 裁判官 芝野義明 裁判官 山本恵三)

〈以下省略〉

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